きっかけって、何?
そんなのわからないよ。
自問自答する。
「お前ら、もう会うな」
突然耳の奥で、悪魔のような恐ろしい声が響く。里奈は息を呑む。
「お前のせいで、美鶴はやたら捻くれちまった」
そんな事わかってる。わかってる事をそんなに荒々しく喚く事ないじゃないっ!
思い出すだけでも涙が出そうになる。まるで目の前に聡がデンッと立ちはだかり、出掛けようとする里奈を遮っているかのよう。
金本くんなんて、大っ嫌いよっ!
振り払うように走り出し、唐草ハウスの入り口を飛び出した。そうしてすぐに立ち止まった。
いや、立ち止まったのではない。ぶつかったのだ。
「ひゃっ!」
突然の人影に勢い良くぶつかり、勝手に跳ね飛ばされ、里奈は呆気なく後ろによろける。尻餅をつきそうになるのをなんとか堪え、人影を見上げた。
「ご、ごめんなさい」
謝るのは条件反射。相手が聡だったら、また罵声の一つでも浴びせられただろう。だが、相手は黙ったまま里奈を見下ろした。驚きに少し目を見開いているようだ。
当然だよね。突然人が飛び出してきたら、誰だってビックリするよね。
納得し、もう一度謝ろうとして口を開き、だがそのまま里奈も瞠目した。
開いた口からは、用意した言葉とはまったく別の言葉が出てくる。
「つ… た、くん」
「田代さん?」
蔦康煕も田代里奈も、どちらもしばらく声が出なかった。
まさに一瞬だった。唐草ハウスの入り口に着き、携帯でツバサを呼び出そうと息を吸った時だった。
人影はあっと言う間にコウにぶつかり、勝手に吹っ飛び、あわや尻餅すらつきそうになった。ぶつかった勢いでコウもニ・三歩後ろにヨロけた。
なんだ?
呆気に取られながら相手を凝視する。そうして、自分を見上げる顔に絶句した。
「田代さん」
先に我を取り戻したのはコウだった。
「あの、大丈夫?」
心配そうに首を傾げる。里奈もようやくハッとし、オロオロと視線を泳がす。
「は、はい、大丈夫です」
そうしてペコリと頭をさげる。
「ごめんなさい」
「あ、いいよいいよ、別にこっちは全然大丈夫。問題ないから」
片手を振って、手に持つ携帯を再びポケットへしまう。そうして、改めて相手を見下ろした。里奈もようやく頭をあげる。
二人の目と目が合った。こんな日が来ようとは、どちらも思ってはいなかった。
子犬のような瞳が、先に視線を外す。
「蔦くん、どうしたの? こんなところで」
「あぁ、ツバサにちょっと」
言いよどむ。喧嘩して、仲直りしようと思って、などと説明するのも小っ恥ずかしい。それとも彼女は、自分たちが喧嘩した事を知っているのだろうか?
だが、あぁ と納得気でこちらを見つめる瞳には、知ったような素振りは見えない。
ツバサ、言ってないんだな。
そう思うと、なぜだかホッとする。
大きく息を吸い、今度はコウが問いかける。
「田代さんこそどうしたの? けっこう勢いよく飛び出して来たよね?」
言いながら入り口を覗き込む。別に誰かに追いかけられているわけでもなさそうだ。首を捻るコウに、里奈はもう泣きそうな顔で瞳を閉じた。
「ごめんなさい」
「いいよ、謝まんなくって。何? 何かあったの?」
「いや、そうじゃなくって…」
こちらもまた言いよどみ、躊躇い、だが結局はしどろもどろに口を開いた。
「散歩にでも出てみようかなって」
「散歩?」
散歩するのにダッシュするのか?
怪訝そうなコウの視線に、里奈はどうしていいのかわからない。
うわぁん、これもみんな、金本くんのせいなんだからねっ!
いない相手に八つ当たりをし、大きく息を吸い、ガックリと肩を落とした。
「美鶴に、会えないかな、と思って」
「美鶴」
意外な言葉にコウは目を見開いた。
「美鶴って、大迫美鶴?」
里奈はコクンと小さく頷く。
「美鶴、この辺りに住んでると思うんだ」
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